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こぶしの花の咲くころ   自我のゆくえ 2  [随想]

 高速の料金所前の交通渋滞や狭い出口の前に押し合いへし合いしている人の群れのように、私の頭の中も同じ状態で流れが悪いなあと思う。年を取ってもやることや考えなければならない問題、心配事だって減るわけではないと思う。むしろ体は思うように動かなくなるのに、老齢をめぐる問題はシビアになる、やることは増える一方で、文明社会の発展はいろいろなシステムの変更が激しいから、それに適応するためのストレスも半端ではない。

 オタオタするばかりで何も進まないなあと思うとき、わたしは流れを保つには順番や段取りを自分の容量に合わせて選択する以外ないのだろうと思っています。

 死はすべてにおいてのゼロ、しかしある時点で自分を無にした処は命はあるから有である。疑うこと(無)と選択すること(有)の連続の中に命があり、その行為のなかに命の集中が生まれるように思います。


 芥川龍之介はなぜ自死したのだろうかという疑問は折に触れたびたび湧き上がってきた疑問でした。当時の日本で、最もすべてを知り理解している聡明さと理知を持った人と目されていた小説家、モラリストであり、心の底でヒューマニストであった芥川龍之介の死は当時の社会にも大きな衝撃を与えたようです。と同時に人々はなぜ自死を?と思ったにちがいありません。そして多くの人がが芥川の死について考え語っています。時代は明治終わりから大正、昭和はじめへと移りかわるとき。最も親交のあった友人の一人菊池寛への遺書には将来への漠然とした不安とかかれていたそうですが、将来への漠然とした不安の中に、どんな苦悩、思いが秘められていたのでしょう。人間への、社会や人類への根本的な疑問と彼の理想、人生の敗北があったのではないか。あの時代から一世紀を過ぎた今という時代にも共通する課題があると感じてしまうのですが。芥川龍之介がこれ以上命を長らえたくないと考えた背景には暗く重すぎる時代と真に語り合うことのできる友を持つことができなかった孤独があったのでしょうか。死後書かれた何人かの友人たちの歯噛みするような無念のにじむ手記を見るとそのころに真に語れる友があることで違っていたのだろうかと考えてしまいます。

 江口かんには芥川について書いたものがいくつかあるようです。文学上の立場を異にしていた江口かんを読み始めたきっかけは芥川龍之介についてもっと知りたいという動機からでした。

 芥川龍之介論の中で江口かんは「氏はいつも生活の外側に立って静かに渦巻を眺めている。それが冷然と見つめているのでもなく、苛立ちながらでもない、むしろ、静かに味わいながら眺めているといったふうな甚だ複雑な態度である」と表現しています、また続けてその理解と同情とが過不及なき形において現れているがために単純な常識家とみるのは酷であると続けています。そして最後に最も激しく時代と人生を戦った芥川の自死こそ彼の文学作品であると語っている言葉に深く共感しました。

 

 一人ひとりの個人が生きるとはどういうことか。

 なぜ生きなければならないのか。

 人生は本当に生きる価値はあるのか。

 自分が生きる意味、何のために、なぜ、いかに。

 こうした疑問はすべての人にとって大事な欠かすことができない自分の問題なのだと思います。

 このような疑問はもう残り少ない年齢といっても、いやむしろ残された時間が短いから、よけいはっきりしなければならない問題のように感じられてきます。


 文芸雑誌(民主文学)の記事に牛久保建男さんの「昭和にこだわった作家」という評論がありました。その評論をよんで高井有一さんの「北の河」を読みたくなりました。近くの図書館にはなく、他館からお借りすることができました。

 「北の河」と民文の須藤みゆきさんのいくつかの作品からも、人が生きる意味、目的と希望は? という問題を強く考えさせられました。

 「北の河」は大平洋戦争の終りごろが時代背景、文春文庫に同時に収録されている「浅い眠りの夜」は60年安保から70年のころの作品と思われます。須藤みゆきさんの作品はもっと時代が新しくなって高度経済成長の時代の家族です。


 須藤みゆきの作品から受けとったこと


 須藤みゆきさんとお会いしたのは二年ほど前で、お付き合いはじめてまだ日が浅いです。みゆきさんの作品を何篇か読んでいましたが、草薙秀一氏の「須藤みゆきの作品世界」という評論(民主文学奈良支部誌)を読んで改めて、まだ未読だった作品を含めて読みなおしてみることにしました。須藤みゆきさんのテーマはいろいろのところで私の関心とかさなっていました。


 作品に書かれる主人公の家庭は父親がいない母子家庭。夫をなくしてからあまり丈夫でもない体に鞭打って兄と妹二人の子どもを抱えて朝から晩まで睡眠を削り暴走トラックのように働き続ける母とふたりの兄妹、成績抜群の兄は母の新聞配達の仕事を手伝って支えるため中等レベルの地元の高校に進学、それから苦学して大学院を卒業し、日本の中でも一流の企業に就職します。

 笑顔を見せたことがない位疲れ切るまで働いて母が手にする収入はとても一家を賄うに足りないもの。靴は夏冬一足で通し、雨水が侵入するようになって買い替える、ブラウスは破れないので何年も同じものを着る、学校の教材を買う余裕もないような貧乏ぐらしです。

作品に書かれた時代は高度経済をはたしたころと思われますが、この時代も差別と貧困の中であえぎ、厳しい生活を強いられる人達、心まで破壊され、軋む暮らしがあったのです。周囲が恵まれ格差がはげしいだけに厳しいものがあったと思います。


 座敷童と呼ばれ、深い海の底に潜むように人々とのかかわりを避けてきた長い葛藤と孤絶、孤独の日々のなかで「わたし」が選んだのは学問を身に着けて金銭的に不安のない暮らしを手にすることでした。12歳から「わたし」は15年間日記を書き続けてきました。生来の聡明さと這ってでも前に進もうとするまけん気、頑張り力が社会の中へ、人々の中へと「わたし」を開いてゆきます。

 

 須藤作品は娘(わたし)の目からみた家族のものがたりですが、主要な人物のひとりである母の内面が語られていません。兄もまた重要な登場人物ですが、兄の内面は書かれていません。

この作品が一人称で書かれても母や兄の内面にもっと立ち入って書かれたら、真に現代に切り込んだ作品として

高く成功していたのではないかと思いましたがどうでしょうか。


 貧困がどれほど人の心に傷をあたえるか。

 なんの拠り所ももたない人間がどう生きるか

 人と人は支えあうことができるのか


 須藤作品から考えさせられたテーマでした。

 














 

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生きるを考える 依存や信仰について [雑感]


 この間に学んだこと。多分一番悩んできたことの結果たどり着いたことかもしれません。

 事実の上にしかすべては成り立たないということだったような気がします。しかし事実を知るのはとてもむずかしい。自分が好まないこと、避けたいこと、自分にとって不都合な真実は見たくないし認めたくない気持ちが強く働きますから、よほど自分の判断や認識をゼロにして事実を見ようとする謙虚さや柔軟さ、懐疑をもたなければならないのだと思います。自信は自己愛の一部で、信念のようなものが強ければ強いほど、自分の認識をゼロにしてみることが難しいのだと思います。

 でもこの偏見が自分を窮地に立たせることは少なくないのだとしたら、まず事実に立つことがどれほど大切かといえるのでしょう。

 物事の事実、在る姿の上に個人の選択が生まれる、選択することをやめないことが生きていることと今は思います。

 選択は難しいし簡単ではないと思います。それには理由があります。正しく事実を知ることがまず簡単でない、正しく理解するにはとても努力が必要で、他人の力、これまでの人間の努力、歴史などからも学ばなければならないから。

 そういう大変な努力を所詮無駄、うぬぼれと考える考え方もあり、考えたくないなら誰かに預けてしまって頼る依存や他力信仰もあります。でも私は不完全で判断を間違いながらでも、判断しながら選ぶことをするのが人の道のように思えます。

 間違えてもいい、迷ってもいい、それが人、自分であれ


 オウム真理教による地下鉄サリン事件から25年がたったのですね。今ではこの事件そのものを知らない若い人がおおくなっているといいます。この事件が教えるものは何でしょうか。 


 最後に善悪について考えたいと思います。

 選択するにあたって、善(何が善か)と悪(何が悪か)ということをしっかり考えたいと思います。

 

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生きるをかんがえる。3 歴史とはなに? [雑感]

 三週間くらいの新聞がたまってしまって、午前中かかって切り抜きをしました。切り抜きもたまる一方で、なかなか読めません。関心のある記事だけを切り抜いているのですが、それでも読む前に分類もしなければならず、切り抜き帳も何冊か用意しなくちゃと気持ちが焦ります。


 歴史というのは何だろうと考えていて、学校で習う歴史や国の歴史とか、全体的視点で物語る歴史が普通ですが、この何日か高井有一氏の「北の河」やいくつかの小説を読んだりしていて、歴史はある種類の文学で文学は歴史だという感想を強くしました。どういうことかというと歴史は一人ひとりの生身の生活のつながりで、歴史の意味もそこを離れて存在しないと思いました。


 親あるいは親世代から子、子世代へとつながるものですが、生涯にわたって子どもの教育研究をした二イルは問題の子はいない、あるのは問題の親だったといっています。二イルはなぜそういったのでしょうか。

子どもが問題を持っている時、その子どもだけの問題だと見がちですが子どもは社会の中で育つということを言っているのだと思います。しかし人は自ら育つエネルギーを備えている、それも事実だと思います。

幸福な社会、幸福な個人であるためにどんなことが必要なのか、今も考えている私の疑問です。

 マスコミで報道されるような様々な問題、国際問題でも事件でもコミュニケイションがなかったり成立しなかったりだと感じることがすくなくありません。人間は人として基本的に同じだと私は思っているのですが、どうしてこんなに対話が、コミュニケイションが難しいのか。

 

  ーーーー 私たちは、人とかかわることがますます下手になってきている。「人付き合いはできるだけ避けなさい。何事にも無関心でいることです。」痛みを味わいたくない人にはぴったりの処方箋だ。
 人々の関心が、自立や個人の自由といったことにむけられているのはたしかのようです。ーーー(バスカリア「愛することと愛されること」から)


 また「サル化する世界」の紹介文

 「今さえよければ、自分さえよければ、それでいい」サル化が急速にすすむ社会でどう生きるか?

 自分らしく生きろという呪符

 なぜ「幼児的な老人」が増えたのか?

 どうすれば日本の組織は活性化するのか

 なぜ日本は国難的事態意に備えて制度設計をしないのか?


 個人主義、利己主義が主体になって、他者や公共がうしなわれているのでしょうか。


 孤独であるという問題とひとりの世界でないという二律相反するもの。そのどちらかではない。どちらでもあるということを心底から捉え直し、そしてできるなら孤独であるということを知ったうえで、他人とつながるという難しいがやりがいのあることをめざせたらと思います。



 



 







 

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個と公という問題について [雑感]

 

 コロナウイルス感染が全国的になり、国民生活や経済への影響の深刻さが心配な状況が生まれています。私もなるべく外出制限、うつらない、うつさないを心掛けているところです。 


 最近気になったニュースです。

 3月5日、神戸のある精神病院で患者に虐待が行われていたニュースが報じられました。

 先ごろ、学校での教師による同僚への虐待が報じられたばかりなのに、今度は精神病院で。なぜ準強制ワイセツや暴力行為等の患者への虐待をしたのか、先ごろの学校教師の場合とおなじ、「反応が面白くて」という子供のような理由だそうです。なぜ、こんなに自分のスリルや面白さなどの感情のままに他人の痛みが分からなくなっているのだろうと強いショックと同時に理解できませんでした。千葉の心愛ちゃん虐待死事件の公判が続いていますが、こんな惨い虐待が行われ、社会も近親者も学校も彼女の死にいたるまで彼女を助けることができなかった、その鈍さ、無関心、こうした生命への鈍感さが社会を覆う空気感なのかと思うとずるずると心が沈んでしまいそうです。

 

 心愛ちゃんの父親のような一個人のケーススタディはできると思いますが、その時代の空気とか社会全体の問題とか病理として次つぎおこる問題を考えると簡単ではないように思います。(例えば教師間のいじめや職場でのいじめも多いといわれますしアメリカの学校でおきる銃乱射事件とかいうように。)


個と社会の関係、公と個をどう考えるか。

 江口かんの小説に「児を殺す話」「性格破産者」という作品があります。江口かんの小説を読んだのは今度が初めてでした。今起こっている問題を考える上でも人間の普遍性の問題としても考えさせられる作品でした。


 江口かんは1887(明治20年)の生まれ。父は元陸軍軍医。1914年「我等」の編集に加わったのを機に森田草平、鈴木三重吉、小宮豊隆と知り合い、その紹介で漱石山房に入り、その翌年、久米正雄や芥川龍之介と知り合ようになりました。1917年帝国文学11月号に「児を殺す話」を発表します。

当時の文学界は白樺派の人道主義と谷崎、芥川などの芸術至上主義が百花繚乱の趣を呈していたときで社会の問題に留意した小説はありませんでした。非常に好評を博すると同時に佐藤春夫は「力作であり傑作である、自分もあれくらいなものが書けるとよいが、駄目だろう。僕は少し悲観した。しかし今度こそは何かを完成する」と江口かんにあててハガキを送ったりしています。

 江口かんは「江口かん自選作品集の中で60年の文学生活の中で私の世界観はしばしば変わったといっているように、青春期のロマンティシズムからリアリズム文学へとかわってゆきます。戦前のプロレタリア文学から戦後は民主文学同盟の議長になったりした人です。


 龍之介は江口かんの印象について底を流れるヒューマニズムの力強さで読ませる作品だねと言い、また人間的興味を中心とした心理よりもむしろ事件を描く傾向があるようだとのべていますが、谷崎潤一郎、芥川龍之介の芸術至上主義に対し、江口かんは題材とその題材に対する作家の態度と、それらのものへの正しい文学的表現から文学作品は生まれるが、題材に対する作家の態度はその時々の作家の世界観が決定するとのべており、彼の作品は社会の中の個を描いているように感じます。


 「児を殺す話」「性格破産者」はともに今に通じるものを感じましたが、「児を殺す話」では、次々襲ってくくる生活苦の中でどんなに辛抱に辛抱を重ねても愛する児とともに死を選ぶ以外に道のない下層労務者の妻を描いています。 芥川龍之介の晩年の作品と「漠然とした不安」という自死の理由を思うとき、「その時代」ということを考えずにいられませんでした。   



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ストレスから身を護る。 [雑感]

 ストレスがずいぶんかかっていると自分でも思うことがある。緊張が続く奇妙な時間が続く。ストレスというのは厄介だと思う。ストレスを感じているのは自分で他人ではないから、感じる自分が問題なのだ。しかしストレスの理由は自分自身でなく、外からやってきている(仏教でいう依他起生)ことが多い。つまり縁起のことである。外部からの刺激の受け止め方や認識の仕方は人それぞれ、自分自身について考えると自分の限界をこえないようにと思っている。執着してよく考える事柄と手放すことを分けて自分にコントロールできる範囲にとどめようと考えるようになったら随分と楽になったように思う。

 手に負えないことはそれとして手放し、できる事、今に中心をおく。

 新聞の記事でちょっと目についた記事があった。朝日にのった「子育てって文学だ」というタイトルの山崎ナオコーラさんと池田大さんの対談。小さい世界を極めることが自分の深さにつながるという言葉、同感でした。


 芥川龍之介はなぜ自死したのだろうという疑問は昔から、その時々しばしば起こった。その疑問が今になってさらに強くなってもっと考えてみたいと思うようになりました。芥川文学全集の別巻、数十人の人が寄せている芥川龍之介との交流や記憶、人物観、作品についての評論などは個や時代、さらに日本と西洋の文化ということに関心が向かう。過去のこととしてだけではなく、今という時代の混沌の中で、人の生き方として、共通の問題として探求の入り口に立っただけのように思います。

 江口かんは芥川との交流も深かった人である。文学傾向や立場としては異なる江口かんがどのように芥川と交流しふたりはその時代を生きようとしていたのか、それもとても興味があります。今江口かん自選作品集を読んでいるところです。

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残りの時間 [雑感]

 



 長女から電話がかかってきた。彼女から電話が来るのは珍しい。(何か頼み事があるとき以外)

「元気なの?しばらく電話がなかったから大丈夫かなと思って」

「元気です。いつかけていいのかわからないのよ、あなたがいつも家にいないし、忙しい人だから」

「ああ、そうね」

「お母さんが80歳だと思ったら、もうあまり頼っちゃいけないなあと思っちゃって」

私が出かけたときは忙しい彼女に代わって掃除などできるだけ手助けしようとしていたことについて言っているのだ。

「うーん。そんなに急に年をとるわけじゃないから」

 でも心配してくれてありがとう。

 

 事実最近は意識するのがその日一日になってきている。今日はなにをする?と朝考え、一日が終わって寝る間際になると今日も一日無事に終わったと感謝とともに安堵する。これからどれだけの時間があるのかわからない、その時間にどれだけの自分の思いをつなげるのだろう。一日が長く感じられるのだが、一日が終わってみるとたいしたことがやれていない。やりたいことはいっぱい、やらなくちゃと思うこともいっぱいなのにあれもこれもし残してやれやれと思う。

 本を読んで、作者や本の中の登場人物と対話するのが楽しい。出かけたり、誰かと直接話したりということが少ないわたしには最高の時間。きのうは芥川龍之介について書かれた佐藤春夫、恒藤恭の追悼、随筆を読み終わった。三島由紀夫の作品論も三島由紀夫について新しい感想をもった。人間の個性、時代、環境や育ちなど関心がつきない。


 人が狩猟や農業をしながら次第に社会を形成し始めたころから歴史を考えてみると今日までの人間の歴史の驚くべき進展には言葉を失ってしまう。恐るべき進展をしてきているが、基本にあるのは人、人間と人間、自然のかかわりだと思う。今日サンデーモーニングで南極で20度という気温が観測されたことが報道されていた。地球の自然環境の変化も深刻なものがある。人は何を願い、何を求めて生きてきたのだろうか。

 人の歴史はどんなものだったのだろうか。いつの時代も努力してない人なんていないし、多くの人が命を懸けて一生懸命生きてきたに違いないと思う。でも今日の世界が直面する問題、課題の大きさ、深刻さを見ると果たして人間の努力の方向はどうだったのだろうと思う。そして個人の限られた短い生涯はどうだったのだろうか。

 つきない疑問である。

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今日の新聞記事から [雑感]

  新聞を何気なく見ていたら、見覚えのある名前が出ていた。あれっ。同姓同名?と写真を見ると見おぼえのある人と似ている。しかしその人とお会いしたのは40年近く前だから、それにしては若い感じ。

本棚を探すとその人の著書がありました。「女の事件簿」(平山知子)昔読んだ本です。講演をお願いしたことがあって、その時いただいたふっくらとした優しい書体のサインがはいっている。

 なんと悲しい事件が多いのだろう。信じられないような凶悪事件。モラルハザードのような社会、政治。人間は複雑すぎる。世界も複雑すぎる。個人はお手上げ、ひっそりと身の丈の暮らしを大切にしながら、あまり考えたり、悩んだりしないで、なるように。それを達観というのか、諦観というのかわからないが。

 私はこういう本を読むことが多かった。親だから親として悩み、どうしても関心がそこに向かう。

 ページを繰ると、こんな言葉があった。


 人間性破壊の会社人間になり切れず脱サラ、事業に失敗、倒産、サラ金地獄、生活破綻、こうなると男はもろい。特に40代から50代にかけて働き盛りの男性は自信喪失、働く意欲の喪失につながることが多い。

アルコール、ギャンブル依存、我を忘れようととめどない転落、家庭も崩壊。今の日本の家庭破壊の一つの典型がある。(女たちの事件簿から)


 こういう状況は、この本の出版は1985年のころで、その後の今日まで続いている現実ではないかと思う。

 味噌もくそも社会の責任にするつもりはないし、すべて自分が悪い、自分の責任でもないと思う。。

 社会や大人の犠牲になる子供たち。どうしたらふせげるの? なぜ苦しいのか? 

  親であることが難しい時代は昔もおなじだったかもしれない。

 昔友人の一人が、経済的に豊かになったら、問題は解決すると思ったけれどといったことがあるのを思い出す。

 私も昔から比べたら飛躍的に生産性が上がって物質的に豊かな世界になっているはずなのに、、、富の格差や偏在は解消しているようには思えないし、いや天井上りにひろがっているのかもしれない。幸福という問題も解決しているようには思えない。


 今日の朝日新聞文化欄に「強権のままでいい若者たち」という記事がのっていました。 

 民主主義は限界なのか。

 民主主義が限界なのではない、ちっとも民主主義ではない、本当の民主主義ではない形の上の民主主義(民主主義政治)が民主主義と理解されてきた、その限界なのではと思いました。


 本当の民主主義とはなんでしょう。またそんなものがあるでしょうか。

 一人ひとり皆一宇宙だということ、仏教の本で知りました。が、お釈迦様でなくても、仏教者でなくても、誰でも考えると気づくことだと思います。人はみな一宇宙の存在でしかないのです。しかしその一宇宙は一宇宙だけで存在しているわけではなく大きな宇宙の中に存在している、一宇宙の壁を破る努力を払う以外に、他の一宇宙とも大宇宙ともつながることができない。民主主義は一宇宙の壁を破る努力のなかにしかないのでしょう。


 新聞記事の中西新太郎関東学園教授は「自分がおかしいと思うことに声を上げ、お互いの姿を確認してつながるという回路が出てきている。もっとたくさんあるはず。それが民主主義を取り戻し、社会を編み直すプロセスにつながるはず、、、」と言っています。




 悲観と絶望と希望の間を行ったり来たりしながら、でも時代は少しずつ変わっている。明日は若者自身の時代なのだ、期待したい。記事を読んでそんなことを考えました。



 地域の人達の日帰りバス旅行に参加しました。

 朝から夕方まで真っ青な空、風が冷たかったけれど晴天に恵まれ、交通渋滞もなくすいすい、予定時間より早く帰宅することができました。千葉は昨年の台風被害が大きく、なかでも、南房総から中部は今もその爪痕がのこります。半島の先端布良崎神社は神社の鳥居と海に入る夕日が一直線となって眺められ夕景が美しい人気のスポットのようです。(布良という地名は字が違いますが和歌山県にもあり、むかし海を渡って関西からこの地にやってきた人々が祖先といわれるようです)昔の人たちが海の安全、暮らしの安全を祈ったと思われる古い神社からは紺碧の大海原が広がっていてとても綺麗でした。





 

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悩ましい。 [雑感]

 いつも私の心は二つの対立の中で引き裂かれているかのように矛盾したものの間で行き来しています。

 今日は素晴らしい晴天で暖かかったのでコートを着ないで出かけたのですが、道行く人を見ると皆ダウンのコートなどを着ていて、コートを着ていない人は私一人ちょっと恥ずかしい。帰るころは北風が冷たくやはり判断が甘かったなと。今日は自立支援のセミナーと仏教の講話が重なったのでどちらに行くか迷いました。しかし「十牛図」の講話、めったに聞く機会はないと思いそちらに参加しました。


 本当に出会えてうれしい、聞くことができてうれしかった、知ることができて勉強になった、こういう経験はいっぱいあったら生きる上で幸せです。「自己に至る十牛図」(朝日カルチャーセンター)の講話はとても面白かったし、勉強になりました。このところ仏教の本を読んだり講座を聞いたりするなかで、疑問を感じたり、消化不良を起こしそうだったりすることがあったので疑問がとけてすっきりしました。講師の千葉公慈先生ありがとうございました。


  


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2020年 年初めに思う [雑感]


 今年はどんな年になるだろうか。いつになく自分自身にとっての問題がはっきりしてきたように思えます。

問題が分かればわかるほど、簡単ではない、大変な年の予感がします。

 例によって、家の中の整理の続きをしましょうと本棚を眺めると芥川龍之介全集別巻が目にはいりました。 目次を見ると友人や文学仲間、当時芥川を知る文学者による回顧や評論などであることが分かりました。

 超ラッキー。

 学生時代の友人恒藤恭の名前も。交わりの深かった菊池寛や江口かん、佐藤春夫などの友人たちはもとより岡本かの子や宮本百合子など,ちょっと特異な人の評論や龍之介を書いた作品も載っていてとても魅力的、読まずにいられないと読み始めました。

 最近特に考えていたのが、芥川龍之介はなぜあの時代に自死したのかでした。

 その疑問は今という時代を考える事ととてもつながっていると思うからです。


 以前ブログで書いていたものを再録して自分にとっての問題を考えたいと思います。




 1.5×4から

 芥川龍之介は好きな作家なので、いろいろ知りたくなって探していたら、江口かん氏が書いた本のなかにわたしが知りたかったことが書かれているらしいことをしって、図書館でかりてきた。そのときのメモが残っていた。次の抜粋はそのメモの中のもので、したがって、文章は江口氏の著作のなかにあるものだと思います。
 芥川が「玄鶴山房』で暗示した新しい時代は希望の確かな幕開けでないことをその後の歴史は証明した。
 救いは別のところにある。
『その暗さは人間生活にとって、もうこれ以上耐えられない極限にまで追詰められた暗さである。しかも、この暗さが、ひしひしと痛いほどの真実性をもって読むものの心に迫るところに、この作品のまれにみる力強い実在性がある。『父』以来企てきたって容易に成し遂げ得なかった人間性追求の一の極地、小市民生活の救われがたい人生の絶望へのひとつの極限へ到達することができた。
 ことに、晩年の芥川は、若き日のように、たとえば、「夜盗」のなかの人物のように、作者の心を救いたいばかりに作中の人物を不自然に生かしたり、殺したりするようなことはしないで、どんな絶望的な救われない生活であろうとも、その人物の置かれた環境と性格との、自らなる動きのままに動かして省みないところに、作家として、人間としての、ひとつの大きな進歩が見られる。自然主義以上の自然性,言い換えれば、救われがたき暗さの中に身をおきながら、しかも安易な諦観に身を任せず、苦しみぬくことによってますます絶望の深さをます点で、一つの人生のある極点に達しえた。
 心の底ふかくヒューマニズムを持っていながら、その反面にこういうシニカルな人間否定の反面もある男、その人間性は主知的、知性的、無知、愚劣を軽蔑し憎んだ。
 
 力と力で対等に戦おうとする自由主義的精神、冷たく意地悪く突き放すところがあった。
 芥川がすでに自分の生命をそう長くは持ち続けていきたくないと決意したあとで書かれたためにこのような不気味さ、薄気味悪さをもつことができた。
 人生をあきらめきれずに苦しめば苦しむほど、絶望の深さはましていく。
 
 芥川と岡本かの子のやり取りはおもしろい。かの子の本質は普通の女性のそれではない。単なる土なるものではなく、高みに達した理性ばかりではない。その両面が渾然一体となってかの子独特の世界をつくり上げているため、芥川の人一倍知的な鋭い感性には不可解さや嫌悪として感じられたのではないだろうか。
 人生の憂愁に共通の感性をもつ佐多(稲子)の澄んだ抒情のほうが好ましかっただろうことはうなずける。しかし、晩年の日記に芥川が書いたというかの子についての件は、人生や人間性への透徹した目によって捕らえたかの子の同じ人間の声を聞いたからではないだろうか。ふたりともいまだ封建制の残滓が色濃い戦前の不安な時代にあった人たちだ。 
 あの時代に比べれば、今は一方ではどこまでも自分を伸ばす可能性もある時代だ。だから、弱肉強食のエゴイスチックな自由競争のなかで呼吸している人には気つきにくい影の部分をつくりだしている。文明がある一部の人のために奉仕するものになる危険はいたるところに存在している。 


 以上は江口かん氏の文章からの引用だと思うのですが(記憶違いでなければ)この長い引用をしたのは、時代がさらに進んで、現在、わたしたちが生きている時代について考えていたからです。
 苦しめば苦しむほど絶望が深くなるなんてゴメンだと思います。さらに進歩した文明が一部の強い人だけに奉仕する危険から、もっとすべての人が明るい確かな希望をみいだすことができるような可能性を信じたいとも思います。


 お詫び。江口氏の名前はひらがなのかんではありません。漢字変換で出てこないのでひらがな読みにしています。すみません。

 

 私の問題、自分にとっての問題、今年はやはり大変な年になりそうです。
 


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二イルからはじめて [雑感]

 

 

 冬から春先、毎年のようにこむら返りがひどくなったり、血圧が高くなったりするので、日常生活の見直しを迫られてきましたが、今年は半年まえから降圧剤の服用を始めました。今は血圧は120プラスマイナス10くらいの変動、こむら返りもすくなくなりました。寒くなるけれどこのまま続いてほしいと思いながら、良くなった理由はなんかなと思います。 こまめなストレッチやスクワットなどのプチ体操でしょうか。健康メモをとって調べようと思います。


 一人一宇宙ということを知った時、この言葉は最近「阿頼耶識の発見」で知った言葉なのですが、誰もが一宇宙であるという理解、いろいろな疑問が解ける気がしました。


 物語のようなものを読み始める小学校高学年頃だったと思いますが、夕刊の新聞が配達されると兄と先を争って読んだのが村上元三さんの「源義経」でした。歴史が好きになったのはそのころからかもしれません。織田信長が好きな人って多いと思いますが、むかしは織田信長も大好きな武将でしたが、今は好きではありません。

 他人から学ぶこと、切磋琢磨はお互いへの尊重、命への尊敬ですから二イルが言った生肯定と言えると思います。

しかし人の上に立ちたいとか、人より秀でたい、負けたくない、優越感を持ちたい、相手を倒したいという人との比較、本能ともいえる自己愛、欲望、執着は生命力の中心かもしれまんが、そこに他人の存在がなければ自分中心です。

 自分だけということがどれくらい、自分を損なったり、傷つけたり、他人を遠ざけるか。あるいは自分(また自分の利に近い一部の人間)以外の存在への関心のなさや共感や愛のなさ、こういうことが様々な個人的、社会的危機、混乱や昏迷の基本にあるのだろうかと思います。

 「正義がゆがめれる時代」片田珠美著を読みながら、こうした深刻になっている危機をどうしたら解決していけるのか考えてしまいました。

 [一人一宇宙の自己中心性を破って他者と共にいる」を難しい課題ですが自分の終わるまでの課題にしたいと思います。



 子供たちの成長につれて親として迷い、親の責任とか、子育てとか考える中でA・S 二イルの著作に出合い、ユング心理学にも。戦後まもなくは社会学とか社会科学が盛んだった時代、そうい考え方や見方を自分もしていたのですが、それだけで済まないと感じるようになりました。もっと学べるような環境もなく、一人で本を読むだけ、今も未消化だと思います。しかし二イルの教育からうけた驚きや衝撃は大きかったし、今の時代、未来に向けて参考になることは大きいと思っています。そこに確かな真理があるように思います。

 二イルは教育者、釈迦は宗教家と同時に哲学者と思っているのですが説いていることにとても共通するところを感じます。真理とか道理とかは時代や人に関係なく変わらないものといいますから、二イルが釈迦についてどれくらい知って関心をもっていたかわかりませんが、二人の説くことに真理、道理があれば同じになることは不思議ではないのだろうと思います。

 

 

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自由、個と公、政治について。 [雑感]

 


 何より健康第一と散歩にでました。次回の読書会の作品が載った民主文学を持って出かけたのですが、同じ号の別の野島龍三さんの「八月の遺書」が目に留まってこちらを先に読みはじめてしまいました。松田解子さん(15年前に亡くなられている)は昔お話を伺ったことがあるのですが、「地底の人々」という作品も書いていらっしゃるというので、韓国との歴史問題が今日韓の関係に影を落としているときなので、この作品も読んでみたくなりました。読みたい本ばかり増えてしまいます。[ふらふら][ふらふら]

 (八月の遺書は先の大戦中北支那であった日本軍の生体解剖、地底の人々は花岡事件を主題にしています)

   「八月の遺書」の中に「それは、日本人はあの戦争での他国の犠牲者のために悲しんだか、、、中国や朝鮮や東南アジアの、無念に命を奪われた死者たちを悼んで、涙を流したことがあるだろうかということです」という言葉がありました。

 中国や東南アジアや韓国だけでなく、日本でも広島、長崎の二度の原爆で、東京をはじめとする各都市での無差別焦土作戦によって、沖縄の犠牲、乳飲み子や幼児まで戦争は多くの国で多くの命と生活を奪ったのです。乳飲み子や幼子まで彼らにどんな罪があったのか、過去のことではなく戦争の歴史を人類のために知らなければならないし、忘れてはならないのだと思います。

 まったくの無防備で平和が守れるとは思いませんが、防衛力を高めなければならない、軍事力も強くしなければならないと考える人も多いです。が、敵を作り、敵と戦う、相手を打ち負かすことを前提にする防衛に疑問を感じないでいられません。戦争の危険を減らすのは軍事力なのでしょうか。




一片の雲もない青空、もう晩秋です。短い秋だったような気がします。


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 どんぐりを拾っている人にあって、この日はほかにもどんぐりを拾う人があったので、聞いてみると食べられるのだと教えてくれました。先がとがったものが食べられると袋から取り出して教えてくれました。

 そういえば、小学生の時、ずいぶんどんぐり拾いをしたことを思い出します。それは学校でドングリをあつめていたからです。学校から帰ると布の袋を持ってどんぐり集めをしました。そのどんぐりがどのように使われていたかは知りませんでした。イナゴもみんな集めて、学校に持っていきました。教室の後ろにどれくらい集めたかのグラフがはってあったりしたものです。すっかり昔に帰ってしまいました。

 イナゴは自分の家でも随分食べましたよ。

 どんぐり家でゆでて一粒食べてみました。落花生に似た味かな。





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 この花、クレオメという花だそうです。夕方ごろになると一段と美しさを増すのだとか。教えてくれたAさんの話では一名上臈(女郎)花ともいうそうです。へぇ~。一目を引く美しい花ですが、ネット検索すると西洋風蝶草ともいうようですね。



 自因自果ということを仏教講座で聞きました。因縁果なら私にもすぐ理解できるのですが、すべて自因自果であるといわれると、疑問が残りました。同じように疑問を持った人もいて、その人が質問しました。

千葉は先ごろの台風被害が大きく、家を失ったり、農業被害が甚大だったり、今も生活の基盤を失って難儀している人がたくさんいらっしゃると思います。福島の原発事故によって、自分の命や生活を突然うばわれてしまった人も多い、こうした突然降りかかる不条理を自因自果と言われても神も仏もないのかと言葉をうしなってしまいます。

 わたしも自因自果ということは自己責任ということ?と思いましたが、このあと「阿頼耶識の発見」という本を読んで、自因自果の意味がはっきりしたように思いました。あらゆる現象、物事は無量無数の因縁の結果であるということ。個人は誰も小宇宙なのだということ。そこで自由と放縦のちがい、自分を大切にする意味、中道などについてちょっとわかったような気がしたのですが、この理解違っているでしょうか?

 

 

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政治を志す人へ望みたい [雑感]

 知性、理性、共感、愛

 政治を志す人に望みたい資質と言ったら、なんだろうなんて考えてしまいました。

 昔は人々の貧困やいろいろの苦難を見て、政治を志す人がいたように思いますが、今政治を志している政治家は何を志しているのでしょうか。

 もし、人々の苦しみへの共感や人間への愛が心の底にあるなら、意見や観方、感じ方が違っても議論や討論ができるはずでは。政治に望みたいのは第一にこの人間への愛や共感を持つ人と思います。


 知性と理性と愛、その三つを兼ね備えた人は人としての理想の姿かもしれません。


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危機管理、自己責任の意味は? [自問自答]

 今朝の朝日耕論「シェアの未来」に大塚英志氏が「翼賛に通じる共有賛美」という記事をかかれています。


 ーーーそもそも「シェア」と「社会」は同義のはず。近代化の過程で、自由主義経済がもたらす貧困や格差の問題を「社会問題」と呼び、解決の責任が社会にあるという意味だった。社会とは本来、責任をシェアする場であり、シェアした責任を遂行するシステムが「国」。それが今は、格差も貧困も自己責任論がまかりとおっている。

 とても同感です。

 自己責任と考えることによって問題についての社会の責任が失われています。

 

 では自己責任についてどう考えるか


  私は自己責任はあると思っています。それは安全管理、自分を守ること、あるいは大切な他人を守ることをしなければならないと思うからです。それで安全管理ができるということではないのですが。

 以前、1.5から4で「自然の中に自由はない」の中で自問したことなのですが、21世紀の倫理のなかで柄谷行人氏が人は社会的な因果性の中のことで、「原因に規定されない純粋な自由などはない」「個々人は諸関係の所産でありながら、それを超越したかのようにふるまうことができる。認識しょうとする意思のみが自由である」ということを述べていらっしゃいますが、自然的社会的因果性をカッコに入れ、主体的であることによってのみ、自由や責任が生まれると書かれていましたが、とても納得でした。


 社会的責任が個人の自己責任に転嫁され、社会的に弱者であるものが切り捨てられる現実の中で、それでも生きるためには自分を守る、他人を守る、生きること生かすことを探求し続ける外ないのではないでしょうか。

 「自由であれ、真に主体であれ」これは柄谷氏の本の中の言葉ですが、今一人ひとりに求められていることのように思います。

 

 

 

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否定の意味 [自問自答]

 否定ってどんな意味をもつのかな?

   おなじ否定でも違う働きがあるように思う。なにかについてもっとよくなりたいと思うような時の現実否定はあまり痛みが伴わない。時には他人から指摘される場合であってもありがたかったり、うれしかったりする。それが否定しなければならないように強要されるときはひどい痛みをともなうようだ。どこか自分の意に反するとき、痛いと感じるのかもしれない。自己否定には太陽に向かって伸びるようとするような前向きな自己否定と反対に自分の魂ともいうべきエネルギーを損なう否定とがあるようだ。
 
   こんなことを考えたのは生肯定と生否定ということについて考えていたからでした。生命の本質は生きることで、そして同時に命には限りがある。一生をかけて生き、そして次の世代を育てつなげる。人間の仕事もそれに尽きるように思う。

   すべての人に内的な要求、自発的なものによる伸長を尊重するような社会は不可能なのだろうか。もし不可能ではなく、そういう社会になったとしたら、そこではどういうことが起こるのだろう。自分と他人の関係にどんなことが必要でどんな配慮や約束事が必要になるのだろう。

  勝つか、負けるかの自他の関係の上に成立する社会(あるいは世界)は生否定、一面的な生肯定の社会にしかならないのではないだろうか。そこでは人間の自然性に見合わない否定のエネルギーが強力に働くように思える。
 こうした生否定のエネルギーをつよく抱えた社会の行方が人類に幸福をもたらすのかどうか、心配です。